船の復旧作業の途中、水分補給をしに出て来た千空に声をかけた。
あんなことがあった手前少しは体を休めれば良いのに、彼ときたらこちらの頭が下がりすぎて地面にめり込みそうなくらい働き者である。当の本人は生き生きとしているのだから、生来の気質なんだろう。
ただ、少々心配事があった。
「大丈夫なの、腕。そんなに動かして」
千空は怪我をしていた。利き腕でなかったのは不幸中の幸いだとしても、彼から流れる血を見るのは自分が傷つけられるよりよほど心苦しかった。
「問題ねーよ」
しっかりと処置はしてあるのだ。千空本人が知識を持っているし、フランソワや羽京も応急処置の心得がある。なんなら杠なんて、人の傷を縫った経験があるくらいだ。
私にはこうして心配することしかできない。悲しいかな、無力である。
「千空ありがと」
「あ?……ンだ急に」
「今しか言うチャンスがないなって思っただけ」
ご多忙のリーダーをむやみやたらとひき止める訳にもいかない。
デッキではそろそろ宴会が始まろうとしている。彼はその賑わいをBGMにまた作業に没頭するのだろう。
「テメーさっきから全部終わった気になってんな?帰るまでが遠足だ、残念ながらな」
一歩、近付いてきた千空の手が伸ばされる。
何かと思いながら見ていると、海風ですでに傷みまくっている髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜられた。痛い。
コハクが嬉々として話してくれたシャンプーとリンスは近い将来ぜひ常備して欲しいものだ。
「あのう、そろそろ……」
実験に失敗したみたいな頭で宴会に顔を出すのは恥ずかしい。
一発芸をするようなキャラでもないのに。
「千空、もう大丈夫だよ」
手の動きが止まった。相変わらず置かれっぱなしではあるが。
「もう一人じゃない、私も皆も無事だ。千空が戦ってくれたから。皆で、戦ったから」
誰か一人でも欠けていたらきっとこの結果は生まれなかった。こうして生きて立っていられるのは、全員で掴み取ったからだ。
わざわざ私が言葉にしなくたって、誰もが分かっていることに違いはないのだけれど。
私の頭上で固まったままの彼の手を持ったまま降ろして、グーの形に握らせる。私も同じように拳を握って、彼のそれに軽く当てた。
「ほどほどに頼むよ」
心配くらいしかできないけれど、心配くらいはさせて欲しい。
「あー……お節介痛み入るわ」
千空は一瞬肩の力を抜いてそう言ったと思うと、くるりと向きを変えて船内へ戻っていってしまった。
今のは礼と捉えて良いのか、本当に余計なお世話だということなのか。
彼がもう言及する気がない以上、都合良く受け止めてしまおう。
とにかく今は早急に、この爆発した頭をなんとかしなければ。
2020.2.15
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